現在有事法制の議論が活発化しています。これについては次回にでも書きたいと思っていますが、その前に、自民党の憲法改正推進本部が先々月に発表した『ほのぼの一家の憲法改正ってなあに』という漫画について書いておきたいと思います。(これまでこのブログでは特定政党の支持や批判をしたことはありませんでしたが、今回の自民党の行為はデマを振りかざす愛国カルト的行為と断じて良いと判断しました)

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↑これが自民党発行のトンデモ冊子『憲法改正ってなあに?』
こちらから読めます)
 
 自民党の意図としては、「マンガを用いることで憲法改正に対する理解を深めたい、特に子育て中の主婦や学生に読んでもらいたい」と言うことらしいですが(参照)、マンガとしてのレベルの低さはおいておくにしても、この冊子には卑怯なミスリードや印象操作が溢れています。

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細かい内容は次回以降に回すとして、今回は憲法ができた経緯のシーンに焦点を当ててみたいと思います。GHQ内部で憲法草案(通称「マッカーサー草案」)が作られた時の話です。明白に卑怯な印象操作に溢れています。

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これはホイットニーGHQ民政局長から憲法作成の支持をされた人たちのシーンですが、ご覧のとおり、皆自信なさげに不安そうな顔で描かれています。「こんな本人たちにもおっかなびっくりの状態で憲法は作られたんだ」という印象操作でしょうが、まあ、憲法作成の支持を受けてその責任の大きさを感じて不安になるのは分かるのでそれはよしにしても、問題は次のシーンです。

「ハーグ条約には『占領者は占領地の現行法律を尊重すべし』とあるが…」
「憲法を我々の手で変えてしまうのですか?」

日本国憲法がハーグ条約に違反しているという主張は確かにあります(参照)(その主張には反論もあるのですが、そのことはこの漫画では一切触れられていません)。このシーンを見ると、GHQもハーグ条約に反する可能性を認識しながら憲法改正をしたというように読めます。果たしてそんな事実があるのでしょうか?

実際に自民党に電話で聞いてみました。

まず言われたのが、GHQ内のシーンは、「史実を踏まえ、再構成した」ものであるということ。そのままそういうことがあったという意味ではない、ということでした。
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(↑冒頭にお断りが書いてあります)

自民党の説明では、「事実をありままに書くと、(フィクションである)ほのぼの一家のシーンとのギャップで、マンガの読みやすさにどうしても違和感が出るから、史実を踏まえて再構成した」とのことでした。

この説明は私には理解できませんでした。歴史的経緯を説明するシーンなのだから、史実をそのまま描いても、フィクションのほのぼの一家のシーンとの間に違和感は生じないと思うのです。どうも、「ほのぼの一家の憲法改正の主張に合うように、事実を基にフィクションを交えて都合よく構成しました」という意味にしか受け取れませんでした。

そして、GHQ内でハーグ条約に違反しているという認識があったという史料が存在するのかどうかを聞いたところ、「ハーグ条約の箇所は台詞ではない」と言われました。

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↑なんと右のベタフラッシュ内は台詞ではなかった!?

驚いたことに、これはナレーションだったらしいです。今の日本のマンガの常識であれば、「ハーグ条約には…」の箇所は、この白人青年の心の中のセリフだと解釈するのが当然だと思うのですが、これはあくまでセリフではなく、憲法改正がハーグ条約に違反しているという認識があったという意味ではないという回答でした。

実際のところは、多分マンガの作者はキャラクターの心の声のつもりで描いたにもかかわらず、それだと史実と異なってまずいので「台詞ではない」という言い訳をしたのだと思うのですが、いずれにせよ、私にはこれは卑怯な印象操作にしか見えません。このコマからは、どう見ても「GHQ内でもそのような認識があり、ハーグ条約に違反しているというのは事実であるにもかかわらず、不当な憲法改正を強行した」という印象しか持てないからです。この箇所が台詞にしろナレーションにしろ、「あくまで史実に基づいて再構成したシーンである」という言い訳で、史実にない内容を差し挟んで、現行憲法が条約違反であるということが明確な事実であり、そのような認識をGHQも持っていたかのように印象操作をしています。詐欺に等しいでしょう。

次に、私が驚いたシーンは、このすぐ次のページでした。
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「日本人のための憲法ではなく、我々のために日本国憲法を作ろうっていうのか…」

私はこのシーンのこの台詞は、このマンガの中でも特に最低最悪に卑怯な印象操作だと感じています。

この台詞が「現行憲法は日本人のためではなく、アメリカのために作られた憲法だから変えなければいけない」という意見につなげるためのものであることは明白です。
確かにもしもアメリカのための憲法なのであれば、日本の憲法にはふさわしくないでしょう。

しかし、現行憲法には、戦争の放棄だけでなく、男女の平等(24条)や生存権(25条)といった基本的人権の尊重と国民主権という、日本国民の権利や平等が打ち出されてます。男女の平等を規定している第24条は、少女時代を日本で過ごしたベアテ・シロタ・ゴードン氏が基礎を作ったのですが、これなんかはまさに日本人のための条文だと言えるでしょうし、GHQは日本の民間が作った憲法改正案も参照しています(ちなみにゴードン氏は5歳から15歳までを日本で過ごし、日本語もべらべらです)。しかし、このマンガではGHQが日本の民間の憲法草案を参考にしていたことなど、欠片ほども、一切述べられていません。

現行憲法に、日本を再び世界(アメリカ)の脅威にしないという目的があったのは事実だとしても、それでもGHQが「日本人のための憲法ではない」という認識だったかのような書き方をしてよいのでしょうか? そのような表現の根拠はあるのでしょうか?

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↑GHQは日本の民間が作った憲法草案も評価、参照していた

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(↑ベアテ・ゴードン氏。NHKのインタビューに対し
「10年日本にいたので、日本では女性が圧迫されていると知っていた。
私は特別に女性のために何かをしたかった。
好きじゃない人と無理に結婚させられるとは大変だということが
ずっと頭にあった」と答えている)


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(↑ゴードン氏が書いた憲法案。これを基に24条が作られた)
(上の3つの画像は全てNHKスペシャル『日本国憲法誕生』(2007年4月29日放送)から)


このマンガは「史実を踏まえ、再構成した」とはずなので、このシーンを描くにあたって基にした史料があるのかどうか、つまりGHQ内部で、日本国憲法の作成が「日本人のためではなくアメリカのためである」という認識があったという史料があるのかどうか、自民党に電話で聞いてみました。

答えは、「あくまでマンガとして再構成したものである」とのことで、史料はありませんでした。つまり、このセリフは歴史的事実に基づいたわけではなく、このGHQ内のシーンは事実無根のフィクションであったようです。「史実を踏まえ再構成した」というより、「憲法に対する自民党の解釈・評価を踏まえ再構成した」というのがより正確な表現のようです。つまり、「こういう風だったんだろう」と想像で描いたって事です。

GHQの人たちの顔が不安に満ちた顔で書かれているのも、「できるわけがない」と言わせているのも、8日間で作ったというのが強調してあるのも、支持を出したホイットニーだけが自信のある顔をしているのも、現行憲法が「上からの命令で、突貫作業で深い検討なしに作られた不完全なもの」という印象を与えるためだと思われますが、見方を変えれば日本の民間が作った憲法草案などをGHQが早くから参照していたからこそ8日間で作ることができたとも言えます。

もちろん、日本国憲法が「ハーグ条約に違反している」とか「日本人のための憲法ではなく、アメリカのための憲法だ」とか評価するのは自由です。しかし、憲法作成過程がハーグ条約に違反しているというのを「意見」ではなく「事実」であるという印象を読者に持たせるように表現し、それもGHQ内部にそういう認識があったかのようなミスリードを図り、さらにはGHQの憲法作成チームを一様に不安に満ち溢れた顔で描いて法律作成の素人であることを強調したうえで、「日本人のためではなくアメリカのための憲法」だというのが歴史的事実であるかのように描いているこの自民党のパンフレットは、卑怯極まりない卑劣な印象操作をしていると断じざるを得ません。

現在の安保法制関連での自民党の対応を見ていると、自民党全体が卑怯者と嘘つきの集まりになっていると思えてなりません。次回以降、このパンフレットの内容も見ながら、その辺も見ていきたいと考えています。

第2回はこちら

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